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最高裁判所第三小法廷 平成6年(オ)940号 判決

上告人

田代明

田代アツ子

右両名訴訟代理人弁護士

德田靖之

被上告人

太賀博泰

右訴訟代理人弁護士

岡村正淳

主文

一  原判決中、主文第二項を次のとおり変更する。

上告人らの控訴に基づき、第一審判決を次のとおり変更する。

1  被上告人は、上告人らに対し、各一〇四〇万三〇三三円及びうち九七一万三〇三三円に対する平成二年五月二八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  上告人らのその余の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟の総費用はこれを二分し、その一を上告人らの、その余を被上告人の負担とする。

理由

上告代理人德田靖之の上告理由第一点及び同第三点について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認するに足り、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであって、採用することができない。

同第二点について

一  本件は、自動車同士の衝突事故により死亡した田代由理子の両親である上告人らが、由理子が乗車していた車両に衝突した相手方車両の運転者兼運行供用者である被上告人に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づいて慰謝料、逸失利益等の損害賠償の支払を求めるものである。原審の適法に確定した事実関係の概要は、以下のとおりである。

1  松本勝は、平成二年五月二七日午後九時ころ、由理子を助手席に同乗させ、普通乗用自動車(以下「松本車」という。)を運転し、東京都豊島区東池袋五丁目七番六号先路上において、由理子の居住するマンションの前で同女を降車させるため、松本車を反対車線に入れるべく転回中、反対車線を時速約九〇キロメートルで進行してきた被上告人運転の普通乗用自動車と衝突した。

由理子は、右事故により、松本車の助手席左側ドアに左けい部を挟まれ、同日午後一〇時四二分、けい髄損傷により死亡した。

2  由理子の死亡により生じた損害は、慰謝料二〇〇〇万円、逸失利益三三五五万八七六七円、葬儀費用及び仏壇費用一五〇万円の合計五五〇五万八七六七円並びに弁護士費用上告人ら各自六九万円である。

3  本件事故の原因は、指定最高速度(五〇キロメートル毎時)をはるかに超える時速約九〇キロメートルで走行し、かつ、自車線上に進入しようとしていた松本車を前方に発見しながら、自車の通過を待ってくれるものと軽信して、直ちに減速するなどの適切な措置を執らなかった被上告人の過失と、交通量の多い危険な箇所で自車を転回させるに際し、反対車線上を走行してくる自動車の有無を注視しなかった松本の過失との競合によるもので、その過失割合は、被上告人六割、松本四割である。

4  由理子と松本は、本件事故の約三年前から恋愛関係にあったものの、婚姻していたわけでも、同居していたわけでもなく、本件事故は、松本と由理子が待ち合わせてデートをした後、松本が由理子を同女宅に送り届ける途中に発生したものである。

5  上告人らは、自賠責保険から各一七八一万六三五〇円の支払を受けている。

二  原審は、松本と由理子はいまだ正式の夫婦ではないから、松本の過失を直ちに被害者側の過失ととらえて過失相殺をすることはできないが、本件事故は、松本と由理子が待ち合わせてデートをした後、松本が由理子を同女宅に送り届ける途中に発生したもので、松本の過失も重大であることなどの事情をかんがみれば、なお、衡平の見地から過失相殺に関する民法七二二条二項を類推適用し、損害額から一割を減ずる限度で松本の過失をしんしゃくするのが相当であるとして、損害合計額五五〇五万八七六七円を二分した二七五二万九三八三円(円未満切捨て。以下同じ)から一割を減じ、てん補額各一七八一万六三五〇円を差し引き、弁護士費用各六九万円を付加し、上告人らに対し支払うべき賠償額を各七六五万〇〇九四円とした。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

不法行為に基づく損害賠償額を定めるに当たり、被害者と身分上、生活関係上一体を成すとみることができない者の過失を被害者側の過失としてしんしゃくすることは許されないところ(最高裁昭和四〇年(オ)第一〇五六号同四二年六月二七日第三小法廷判決・民集二一巻六号一五〇七頁、最高裁昭和四七年(オ)第四五七号同五一年三月二五日第一小法廷判決・民集三〇巻二号一六〇頁参照)、由理子と松本は、本件事故の約三年前から恋愛関係にあったものの、婚姻していたわけでも、同居していたわけでもないから、身分上、生活関係上一体を成す関係にあったということはできない。由理子と松本との関係が右のようなものにすぎない以上、松本の過失の有無及びその程度は、上告人らに対し損害を賠償した被上告人が松本に対しその過失に応じた負担部分を求償する際に考慮されるべき事柄であるにすぎず、被上告人の支払うべき損害賠償額を定めるにつき、松本の過失をしんしゃくして損害額を減額することは許されないと解すべきである。

四  そうすると、松本の過失をしんしゃくし、由理子の死亡により生じた損害額の全体を一割減額した金額を基に賠償額を定めた原審の判断には、民法七二二条二項の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。これと同旨をいう論旨は理由がある。

そして、以上の説示に照らせば、被上告人が上告人らに支払うべき賠償額は、原審の確定した上告人ら各自の損害額二七五二万九三八三円に、弁護士費用各六九万円を加えた額から損害てん補額各一七八一万六三五〇円を控除した各一〇四〇万三〇三三円となるから、上告人らの請求は、各一〇四〇万三〇三三円及びうち九七一万三〇三三円に対する平成二年五月二八日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は棄却すべきものである。したがって、原判決中、上告人らの敗訴部分は、この限度において破棄を免れず、これを主文第一項のとおり変更するのが相当である。

よって、原判決中、主文第二項を右のとおり変更し、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、八九条、九二条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信 裁判官山口繁)

上告代理人德田靖之の上告理由

第一点〈省略〉

第二点 原判決は、過失相殺の規定を類推適用し、損害総額から一割を減じる旨判断するが、右は民法七二二条二項の解釈を誤るものであり、その違背は、判決に影響を及ぼすことが明かである。

一 原判決は、訴外亡田代由理子(以下由理子という。なお、原判決の由里子は誤記である。)の損害総額から一割を減じる根拠として、

① 本件事故が松本と由理子がデートした後、松本が由理子を同女宅に送る途中に発生したものであること

② 本件事故については、松本の過失も重大である

を挙げている。

このうち、松本の過失が重大であるとする部分が誤りであることは前述のとおりであるが、この点も含めて、右のような事情から相手方運転者に対する請求において好意同乗者である由理子の損害から一割を減じることは、民法七二二条二項に違反するものである。

二 この問題は、「複数加害行為と好意同乗」として論じられているものである。

1 好意同乗の類型と同乗運転者に対する請求における減額の適否について

東京地方裁判所民事交通部(第二七部)では、好意同乗の類型を単なる同乗型、危険承知型、危険関与型、運行供用者型の四つに分け、このうち危険関与型もしくは危険承知型のときには、過失相殺の適用もしくは類推適用により減額するが、単なる同乗型の場合には、減額しないとされている。(長久保守夫・森木田邦裕「東京地裁民事交通部における民事交通事件の処理について」司法研修所論集八六号五四頁)

また、弁護士会の「基準」とされている東京三弁護士会交通事故処理委員会編「民事交通事故訴訟損害賠償算定基準」、においても、財団法人日弁連交通事故相談センター専門委員会編「交通事故損害額算定基準」においても、好意同乗を理由として減額しないのが原則であり、ただ同乗者に帰責事由がある場合には減額されることがあると明示されている。

これらは、いずれも好意同乗者の同乗運転者・保有者に対する損害賠償の請求についてであるが、実務における取扱いは確定しているものである。

(略)

2 相手方運転者に対する請求における好意同乗減額の適否について

一般に、好意同乗減額は、あくまで運転者と同乗者との人的つながりを理由とするものであるから、相手方運転者がこれを採用することは許されないと言うべきであり、例外的に次の場合即ち

① 同乗者と運転者との間に夫婦等の「財布の同一性の存する場合」(四宮和夫・「事務管理・不当利得・不正行為下巻六三二頁)

② 同乗者に帰責事由が認められる場合

にのみ減額が認められるべきである。

判例も下級審のもののみであるが、通常の好意同乗例については、相手方事故車との関係では全く減額を認めていない。(浦和地判昭五三・一二・二一交民集一一・六・一八五八、東京高判昭五五・九・一七交民集一三・五・一一三二、鹿児島地判昭五七・九・二七交民集一五・五・一二五八、札幌地判昭五八・三・一一交民集一六・二・三二〇、札幌地判昭五八・六・二四交民集一六・三・八四一、東京地判昭六一・六・二〇交民集一九・三・八二五、名古屋地判昭六三・九・一六交民集二一・五・九五二)

3 原判決によれば、由理子は、デートの帰りに送ってもらったという通常の好意同乗事例に外ならず、夫妻と同一視しうるような「財布の同一性」も認められないのであり、また本件事故の発生について何らの帰責事由もなく、且つ「危険関与」や「危険承知」といった事実関係も認められていないのであるから、このような場合について、過失相殺の規定を類推適用することは、民法七二二条二項の解釈を誤るものと言わざるをえない。

なお、本件の場合に、松本には重大な過失はなく、事故は被上告人の一方的過失によって発生したというべきであるから、右の理由は一層妥当するものである。

第三点〈省略〉

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